生体は酸化ストレス、低酸素、pH変化など常時様々なストレスにさらされている。これまで、酸化ストレスおよび低酸素に関する生物学的研究は世界規模で活発に進められ、ストレス感知・適応機構および生理学的・病態生理学的意義の全容が徐々に解明されつつある(低酸素生物学:2019年ノーベル生理学・医学賞)。その一方で、pHに関する生物学的研究は驚くほど進められていない。

生命活動におけるpHの枢要性は、生物進化の側面から考えると明解である。46億年の地球史上、大気中のCO2分圧は大きく変動しており、それに伴い生物を取り巻くpH環境も大きな変動を遂げた。生命誕生時の大気は主にCO2から構成されており、これに伴う海洋酸性化が電気化学的プロトン(H+)勾配を生み出し、有機物合成や生命体の誕生に大きく貢献したと言われている。その後、度重なるCO2分圧の変動により生命体は「pHストレス」にさらされたが、ここで生じた強力な選択圧により、生命体はpHストレスに適応する術を獲得した。さらに生命は、H+を豊富に含む「場」を細胞内/生体内局所に敢えて構築することで、電気化学的駆動力とは全く異質の「多彩な生物応答」、即ちシグナル因子としてpHを活用する術をも獲得したというエビデンスが徐々に出始めてきている。

このように生命はpHの化学特性を最大限に利用/対処しながら成立しているが、pH研究の世界的動向はミトコンドリア等における膜越えの電気化学的駆動力、pH変化がきたす毒性・病態に主軸がおかれ、非常に限定的である。本領域では「pH応答生物学の創成」を掲げ、生理・医学と海洋生物・進化研究から得られた知見を統合的かつ横断的に理解するという独創的発想の下、pHに対する「生物学的」理解に変革を起こす。即ち、がん、発生、老化、海洋生物学、進化という、学術変革領域ならではの非常にユニークな若手トップランナーを集結し、これまで光が当たっていなかったpHストレス適応機構シグナル因子としてのpH等、生物が進化上獲得した本質的機能を解明することで、エネルギー産生のための駆動力や毒性・病態に留まっていた旧来のpHの概念を革新する。